2026/06/12 03:08
前回の続きです。
おじいちゃんの導きを感じた出来事が、もうひとつあります。
農業を始める前、私は二年ほどサラリーマンをしていました。二十四歳のとき、地元で有名なれんこん農家の師匠の祖父と話をする機会があり「働かせてください」と頼みに行ったのですが、最初はきっぱり断られました。「サラリーマンに耐えられる仕事じゃない」と。
それでも食い下がって話を続ける中で、ふとした流れで自分のおじいちゃんの話になりおじいちゃんの名前を口にしました。すると師匠の祖父が言ったのです。
「俺も同じ名前だ」
そして続けてこう言ってくれました。
「俺はご先祖様のことは大事にする。同じ名前というのは縁がある。こういうことに何か意味があると思うし、こういう縁を俺は大事にするんだ」
ただこうも言われました。
「普通の人間が耐えられる仕事じゃない。」
鳥肌が立ちました。
おじいちゃんはもうこの世にいない。でも、その名前がこんなところで扉を開いてくれるとは思ってもいませんでした。
そして後に出会うことになる、自然栽培の師匠もまた——おじいちゃんと同じ名前を持つ方でした。
れんこんの師匠、自然栽培の師匠、そして私のおじいちゃん。三人が同じ名前を持ち、それぞれが私の農家としての道を開いてくれた。偶然と呼ぶには、あまりにも重なりすぎています。
その名前には、何か大きな力が宿っているのかもしれない。今でも、そう感じています。
守護霊なのか、天国から見守ってくれているのか、私には分かりません。
ただ、れんこん農家としての道のりの節々に、おじいちゃんの存在を感じることがあります。田んぼに立つとき、土に触れるとき、お客様から「ありがとう」と言っていただけるとき——天国から見ていてくれているかな、と思いながら、今日も作業しています。